体のどんな部分(ぶぶん)にもなれる新しい細胞(さいぼう)「STAP(スタップ)細胞」を理化学研究所(りかがくけんきゅうしょ)の小保方晴子(おぼかたはるこ)さんたちがつくりました。ノーベル賞(しょう)を受けた京都大学(きょうとだいがく)の山中伸弥(やまなかしんや)さんたちがつくったiPS(アイピーエス)細胞と似(に)ていますが、つくり方はずっと簡単(かんたん)です。理科の常識(じょうしき)をひっくり返したと世界中が驚(おどろ)きました。

 ■「浸すだけ」に世界が驚いた

 マウスや人間の体は、精子(せいし)と卵子(らんし)がくっついた受精卵(じゅせいらん)という一つの細胞から始まる。受精卵が育って分裂(ぶんれつ)し、細胞が増える中で血液(けつえき)、筋肉(きんにく)、神経(しんけい)といった役割(やくわり)が決まる。いったん役割が決まった細胞は、受精卵や、受精卵に近い「いろんなものになれる(万能〈ばんのう〉な)」状態(じょうたい)に戻(もど)る力はない、とずっと思われてきた。

 ところがSTAP細胞は、赤ちゃんマウスの血液の細胞を紅茶(こうちゃ)ぐらいの弱い酸性(さんせい)(pH〈ペーハー〉5・7)の液(えき)に25分間ひたすだけでできる。多くの細胞は酸でやられるが、生き残りの中から、血液の役割が「リセット」され、「いろんなものになれる細胞(万能細胞)」があらわれる。

 これまで万能細胞をつくるには、細胞の中身(なかみ)に手を加えなければならなかった。STAP細胞は、中身をいじらず、外から刺激(しげき)しただけで、細胞が自分の力で「いろんなものになれる(万能な)」状態に戻っている。元に戻る力はない、という常識をひっくり返した。

 ちなみにSTAPとは「刺激がきっかけで、いろんなものになれる力を手に入れた」という意味(いみ)の英語(えいご)「Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency」を短くしたものだ。

 STAP細胞は、ほかの万能細胞がもつ問題点をクリアできるのでは、と期待(きたい)されている。

 最初にできた万能細胞「ES(イーエス)細胞」は、受精卵をもとにつくる。だが、受精卵は赤ちゃんの命のはじまり。それを壊(こわ)さなければならず、反対の意見も多い。体の細胞からつくるSTAP細胞にこの問題はない。

 山中伸弥さんたちがつくったiPS細胞は、皮膚(ひふ)などの体の細胞の中に、元に戻ったりいろんなものになったりする合図(あいず)を出す遺伝子(いでんし)を入れた。受精卵を壊さず、細胞を「リセット」できる。ただ、人の手で細胞の中身をいじることは、動物がふつうに生まれ育つ中ではありえない。細胞に悪い影響(えいきょう)が出て「がん」になる恐(おそ)れがあり、がんを防(ふせ)ぐ研究が進んでいる。STAP細胞は、つくるときに遺伝子に手を加えないので、がんになる恐れは少なそうだ。

 ■なぜできる?謎も多く

 万能細胞から健康な体のさまざまな組織(そしき)や臓器(ぞうき)をつくれば、病気(びょうき)を治(なお)すのに役立(やくだ)つ。iPS細胞では、実際に病気の人に移植(いしょく)して、効果(こうか)があるか、安全かどうかを確(たし)かめる研究がもうすぐ始まるところだ。

 STAP細胞は、ごく若いマウスの細胞でしか成功(せいこう)していない。人間でもつくれるようになれば、同じような治療(ちりょう)に役立ちそうだ。未来(みらい)の世界では、けがや病気になった時、体の中で細胞を「リセット」し、しっぽを切られてもまた生えるイモリのような感じで、治せるようになるかもしれない。

 見つかったばかりなので、まだ謎(なぞ)も多い。

 STAP細胞をつくるのに使う弱い酸性の液は、身の回りにたくさんある。紅茶やジュースを飲んだり、弱(じゃく)酸性の温泉(おんせん)につかったりしたら、体の細胞が「リセット」されるかといえば、そうではない。

 小保方さんの実験(じっけん)では、生きている体で多くの細胞がぎゅっと集まっていると、刺激を与えてもSTAP細胞はきちんとできなかった。細胞を一つずつバラバラにほぐさなければいけないようだ。そのわけはよくわかっていない。STAP細胞は今のところ大人のマウスだとうまくつくれない。これもなぜだかわからない。

 小保方さんは「細胞が元に戻ったり、いろんなものになれるようになったりする仕組(しく)みを解明(かいめい)したい」という。謎解(と)きは始まったばかりだ。(野中良祐)