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13 Jan 2015 06:19

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MIYADAI.com Blog (Archive) > 昨年10月23日マスコミ倫理懇での朝日慰安婦報道の検証に関わるスピーチを文章にしました
« 「ドイツ哲学的人間学と最先端の社会科学」の後編です(前編と中編に続きます)

昨年10月23日マスコミ倫理懇での朝日慰安婦報道の検証に関わるスピーチを文章にしました

投稿者:miyadai
投稿日時:2015-01-12 - 21:27:21
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)
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マスコミの劣化と、ヘイトスピーチ現象にみる〈感情の劣化〉は、完全に連動する
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 マスコミの劣化と〈感情の劣化〉は連動する──そう述べたのは、10月23日本プレスセンタービル8Fで開催のマスコミ倫理懇談会で「朝日新聞慰安婦報道問題をどう検証すべきか」と題した講演でのこと。そこで話した内容を紹介する。なお内容の概略は、それに二週間ほど先立ってTBSラジオ&コミュケーションの番組で話した。
 ちなみに〈感情の劣化〉とは、真理への到達よりも感情の発露が優先される態勢。最終目的が埒外になり、過程における感情浄化を得たがる傾向を言う。感情を制御できず、〈表現〉よりも〈表出〉に固着する。ちなみに〈表現〉の成否は相手を意図通りに動かせたか否かで、〈表出〉の成否は気分がすっきりしたか否かで決まる。
 
【朝日新聞慰安婦報道を検証する第三者委員会が抱える問題】
 10月10日金曜日にTBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」で「朝日新聞慰安婦報道を検証する第三者委員会はデタラメ」と題して話をした。前日9日に第三者委員会が開催され、それに合わせて研究者や弁護士のグループが人選の見直しを求める要望書を朝日新聞に提出したことに触れた。要望書の提出メンバーには私も含まれる。
 人選は以下の通り(敬称略)。中込秀樹・73歳・元名古屋高裁長官。岡本行夫・68歳・元外務省総理大臣補佐官。北岡伸一・66歳・国際大学学長。田原総一朗80歳・ジャーナリスト。波多野澄雄67歳・内閣府アジア歴史資料センター長。林香里・51歳・東大大学院情報学環教授。保阪正康・74歳・作家。人選のどこが問題か。
 左からは「密約問題有識者委員会で悪名高い政府御用学者・北岡紳一氏が含まれる」との批判、右からは「軍の強制を認めたアジア女性基金の呼掛人・岡本行夫が含まれる」との批判があるが、どうでもいい。まず委員会のタスクは、⑴誤報が果たした国内外への機能の測定、⑵誤報を除去した慰安婦の実態探索、⑶妥当な評価軸の設定であるべきた。
 となれば、批判のポイントは要望書が指摘する通り以下の3点だ。⑴慰安婦問題に専門能力がある研究者が含まれない。⑵国際人権機関に関係する法律家や人権NGOメンバーが含まれない。⑶女性人権侵害問題を扱うのに7名中1人のみ女性。なお⑴の専門能力とは93年談話(河野談話)以降に発見された529点の関連公文書を分析する能力のこと。
 こうした要件が満たされない現状で危惧されるのは、経営幹部の過剰反応への同調や、それを背景にした官邸との手打ちだ。危惧には根拠がある。福島第一原発の「吉田調書」記事の報道取消しだ。それについては去る9月26日に弁護士200名が報道取消しに関する申入れをした。要は朝日側の過剰反応を危惧したのだ。
 いわく、報道は「待機命令違反で撤退」で、その後明らかになった事実は「待機命令を聞き間違え撤退」だが、「待機命令が存在したこと」と「命令が結果として従われなかったこと」のは事実であり、報道取消しでこれら事実を否定する印象が拡がることに配慮すれば、報道訂正で充分で、報道取消しは過剰反応だと。私もそう思う。
 
【朝日新聞慰安婦報道問題への頓珍漢な反応】
 朝日新聞慰安婦報道問題に関する典型的な勘違いは、自民党国際情報検討委員会の9月19日決議に見出される。いわく⑴虚偽記事により国際社会が日本の歴史を歪曲して認識、日本の国益が損壊された。⑵朝日の謝罪で強制連行も性的虐待も否定され、日本批判は論拠崩壊した。⑶名誉回復のため国連など外交の場で国として主張を発信せねばならない。
 勘違いを説明する。従軍慰安婦が問題化した経緯を見よう。83年に吉田清治『私の戦争犯罪』が上梓されたが話題にならなかった。91年8月に韓国で元慰安婦を名乗る女性らが現われ日韓で問題化、12月に彼女たちが東京地裁に提訴した。翌92年にこれに応答して吉見義明氏が一連の軍公文書群を発表し、以降、慰安婦研究が本格化した。
 吉見氏も、後続する研究も、吉田清治証言を一切資料としない。なぜか。提訴に対応する形で朝日が提訴の翌月(92年1月)に吉田清治証言記事を掲載したものの、秦郁彦氏による綿密な現地取材を経た反証の文章が『正論』(92年6月号)『諸君!』(92年9月号)に掲載され、勝負が付いたからだ。だから93年8月の河野談話も吉田証言(軍の強制連行)には触れない。
 この談話では、⑴慰安婦が軍の要請で慰安所が設置されたこと、⑵軍の直接・間接の関与で慰安婦の管理と移送が行われたことが、語られる。これらは公文書を通じて確認できるから(後述)、妥当である。つまり、この93年談話は、吉田証言記事を引き金にしたものでもなければ、吉田証言記事の内容的影響を受けてもいない。
 他方、国際問題化の契機は、96年の国連人権委・女性への暴力に関する特別報告最終報告書「クマラスワミ報告」だ。これはG・ヒックス『慰安婦』を介して吉田証言を引用するが、構成は吉田証言と無関係で、元慰安婦16人の聴取に依拠する。吉田証言への言及がニ箇所あるが、一箇所は吉田証言を反証した秦郁彦氏の発言を紹介したものだ。
 1箇所目には、《吉田清治は⋯国民勤労報国会の下で他の朝鮮人とともに千人の女を慰安婦として連行した奴隷狩りに加わったと告白》とあるが、これとバランスをとる形で、2箇所目には《秦郁彦博士は、慰安婦に関する歴史研究とりわけ吉田清治の著書に異議を唱える》とある。意外にもクマラスマミ報告書は吉田証言に関しては中立的だ。
 クマラスワミ女史は日本をメンバーに含む人権委決議で任命された特別報告者。政府の招待で来日、政府情報の提供を受けて報告書を作成したので、ミクロネシア虐殺事件の記述など間違いも多いが、政府情報と矛盾する記述はない。そして96年の53回人権委ではクマラスマミを盛大な拍手で迎え、日本を含めた全会一致で報告書を採択した。
 報告書は政府の法的責任回避をハーグ陸戦条約やジュネーブ条約などに基づき批判する。オーソドクスな手法だ。政府は採択妨害すべくクマラスマミを中傷する文書を配布したが、各国から激しい批判を受け撤回・回収した。政府は説明資料だと弁解したが、訂正でなく回収した理由が説明できない上、文書バラ撒きの末に全会一致に賛同するという恥を晒した。
 一連の経緯に吉田証言は影響していない。それより大事なのは「名誉回復のため政府として言うべきことを言った」結果の恥晒しだった事実。一般には、何を批判されているのか分からない鈍感な者には〈表出〉できても〈表現〉できない。自分の気分をすっきりさせる営みが〈表出〉で、相手が受け取る印象を操縦する営みが〈表現〉だった。
 さて、前述通り93年から本格化した研究を主導したのが、研究者と市民のネットワーク、戦争責任資料センターである。93年4月に発足、同年11月発刊の『季刊戦争責任研究』に資料や論文が続々と掲載された。吉田証言を資料とした論文はない。93年談話から14年6月までに新発見の公文書は529点に及び、戦争責任資料センターが政府に提出した。
 公文書529点のリストは「衆議院ホームページ」http://goo.gl/ch1l0C で、また一部公文書については内容を「Fight for Justiceホームページ」http://goo.gl/DZsEoF で閲覧できる。これらを読めば、93年談話の言う「⑴軍の要請で慰安所が設置されたこと、⑵軍の直接・間接の関与で慰安婦の管理と移送が行われたこと」を確認できる。
 公文書と符合する証言も複数ある。松浦敬紀編『終りなき海軍』(文化放送、1978年)http://goo.gl/AXk44g では海軍設営班矢部班主計長だった中曽根康弘氏が《原住民を襲う》部下のために《苦心して、慰安所を作ってやった》と発言するが、資料リストの海軍航空基地第二設営班資料の《主計長の取計で土人女を集め慰安所開設》という記述と合う。
 産経新聞の社長・会長を歴任した鹿内信隆氏は、桜田武氏との共著『いま明かす戦後秘史(上・下)』(サンケイ出版、1983年)http://goo.gl/KftsSL で《調弁する女の耐久度とか消耗度⋯どこの女がいいとか⋯将校は何分⋯といったことまで決め⋯料金も等級をつける。それを規定するのがP屋設置要綱で⋯》と発言する。P屋とは慰安所業者の隠語だ。
 ことほどさように、朝日の誤報や誤報訂正は海外の政府やメディアにとって重要性を持たない。朝日の誤報(ないし捏造)が国際社会で日本の名誉が傷つく原因になったという説も勘違いだ。だが私にとってその勘違いは比較的どうでもいい。それより日本政府を批判する側も弁護する側も陥っている巨大な勘違いの方が問題だ。
 敢えて付け加えれば、経緯も調べず報告書も読まずに朝日の記事が諸悪の根源だとする語りが絶えないのは、社会心理学で言う「帰属処理」現象だと見られる。ヘイトスピーチと同じで「諸悪の根源」を皆で名指してカタルシスを得ているだけ。「だけ」と記したが、デマによる虐殺の背景にも同じ機制が働くから、軽視するべきではない。
 もう一つ加えれば、吉田証言記事で、国内の議論が「軍の強制があったか否か」に縮小したことで利益を得たのは、むしろ、問題を縮小するチャンスを得たリビジョニストだ。以下に述べるが、国際社会では、というより理論的には、従軍慰安婦問題を「軍の強制かあったか否か」に縮小することは不可能だ。

【軍の関与でなく軍の関与不十分こそが問題】
 93年以降今日までに発見された一連の公文書に照らせば、93年談話の言う「⑴軍の要請で慰安所が設置されたこと、⑵軍の直接・間接の関与で慰安婦の管理と移送が行われたこと」は動かない。クマラスマミ報告後の国際世論も、概ね談話通りの事実を踏まえて日本政府を批判する。それらは三つの焦点を持つ。
 ⑴業者による騙しや強制連行を放置する不作為・知ろうとしない不作為。⑵親による売り飛ばし等を含めて本人自由意志の確認を怠る不作為。⑶慰安婦労働からの離脱を認めない自由意志侵害ケースの存在。政府は従来、政府はやってない、業者がやったと責任逃れをするが、問題は業者の不埒を知って放置した不作為、知ろうとしない不作為だ。
 吉田清治証言(軍の強制連行)を前提にしないこれらの批判に対し、軍の強制連行はなかった、軍は知らなかったと言い訳することは、「それがたとえ真実であっても」救いようのない頓珍漢である。結論から言う。妥当な扱いは、軍の関与を問題にするのでなく、軍の関与不十分を問題にすることだ。説明しよう。
 まず、従軍慰安婦や慰安所設置に関する国際的批判の一部は、強制の有無ではなく、慰安所の存在自体に向けられる。これは歴史を踏まえない暴論だ。19世紀初頭のナポレオン戦争に対する反省から、公設慰安所(米国では私設慰安所への公的介入)が第1次大戦まで一般的だった。第2次大戦でも独仏は公設をし、英国は植民地でのみ公設をした。
 英国の施策は、売春禁止条約を1921年に批准したというアングロサクソン的文脈──19世紀であればビクトリア朝的と言う──に関連する。同じくピューリタンの宗教的新天地に発する米国でも、それゆえに、19世紀末のフィリピン占領以降、国際標準だった公設慰安所図式ではなく、私設慰安所公的介入図式を採用してきた。
 要は、軍による公設慰安所の設置や、私設慰安所の利用奨励(公認慰安所)は、20世紀の半ばまで全列強が採用してきたポリシーだ。なお軍による慰安所設置や利用が公的に不可欠だと論証したのが、M・ヒルシュフェルト『戦争と性』(原著1930年、訳書1956年)だ。私の働きかけで本年5月に訳書が明月堂書店から復刻された。
 本の冒頭に私が長大な解説を載せた(http://goo.gl/yVR5XW で読める)。本書の内容は一言でこうだ。ナポレオン戦争では性の現地調達(強姦)で、性病を軍内外に蔓延させ、かつ戦後処理が困難となった。加えて、第1次大戦の長期塹壕戦では、性病に加え、深刻な暴力が蔓延した。だから、性を兵站として提供する必要がある。
 武器弾薬や水食料と同じく性も兵站提供せよ。公設慰安所や公認慰安所(私設慰安所公的介入)を作れということ。彼に従えば女性の自由意志を担保するには公設が一番だ。さもないと業者に責任をなすりつける怠慢が生じる。むろん彼は提案の道徳的抵抗感を弁えた上、《文句を言うなら戦争するな! 戦争するなら文句を言うな!》と有名な言葉を残す。
 売春が合法な国は現在66(国連加盟国193)。リストは以下の通り。米国を除く主要先進国が合法化し、「斡旋合法化」という形で多くが管理売春を合法化する(2000年以降もオランダ・デンマーク・フランス・スイス・ドイツ・オーストリー・ニュージーランドが斡旋合法化)。こうした平時の売買春行政の法理も、ヒルシュフェルトの理念に基づく。

[欧州]ドイツ、アイルランド・イギリス・ポルトガル・スペイン・フランス・ルクセンブルク・ベルギー・オランダ・デンマーク・スイス・イタリア・マルタ・オーストリア・ハンガリー・チェコ・スロバキア・ポーランド・ブルガリア・ギリ シャ・ラトビア・エストニア・フィンランド
[アジア]台湾・シンガポール・インド・バングラデシュ・カザフスタン・キルギス・アルメニア・トルコ
[南太平洋]オーストラリア・ニュージーランド・トンガ・キリバス
[中東]レバノン
[アフリカ]シエラレオネ・コートジボワール・ブルキナファソ・ベニン・中央アフリカ・エチオピア・マラウイ・ナミビア・マダガスカル
[北米]アメリカ合衆国ネバダ州・カナダ
[中米]グアテマラ・ベリーズ・エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ・パナマ・キューバ・ドミニカ
[南米]ベネズエラ・コロ ンビア・エクアドル・ペルー・ボリビア・チリ・アルゼンチン・パラグアイ・ウルグアイ・フランス領ギアナ

 ヒルシュフェルトを踏まえれば売買春行政は3つしかない。⑴管理売春合法化(公設ないし私設公的介入)。⑵管理売春非合法化×業者目こぼし。⑶管理売春ガチ禁止。非管理売春は御手当付愛人(妾)を含め、どのみち取り締まれない。[管理売春×自由意志]だけが女性を暴力&性病から有効に守る。世論に感情的成熟がある場合は⑴、未成熟なら⑵。
 それを前提として結論だ。93年談話以降に発見された公文書529点が示す事実は以下4つ。⑴慰安所は軍の要請で設置。⑵軍の直接・間接の関与で管理・移送。⑶軍の強制連行は例外(後で補足)。⑷業者が騙し・拉致・人身売買(親による売り飛ばし)に関与。ヒルシュフェルトに従えば⑶⑷は日本政府を免罪しない。軍の関与不十分が問題になる。
 ちなみに軍人が女性を暴力的に慰安所に強制連行した事案に関わるオランダ政府公文書が複数ある(内容の紹介は山本まゆみ&W・B・ホートン「日本占領下インドネシアにおける慰安婦〜オランダ公文書館調査報告〜」『慰安婦問題調査報告・1999』女性のためのアジア平和国民基金 http://www.awf.or.jp/ が日本語では最も詳しい)。
 特に重要なのは、国際的に広く知られたスマラン慰安所事件死刑判決に関わる公文書である。日本政府の見解がどうあれ(衆議院ホームページ http://goo.gl/P3ft1m )、国際世論はこれらの公文書を前提としており、そのことを踏まえない「国連での見解表明」はクマラスワミ報告書の際と類似の国際的な恥晒しを招こう。

【問題の構図を理解するための素材】
 ヒルシュフェルトの言う通り、かつて戦争における性の兵站提供(公設慰安所ないし私設慰安所公的介入)が不可欠とされた。だがベトナム戦争の後になると社会的に許容されなくなった。そこで慰安所の機能的代替物になったのが男女混成軍化である。表向きの目的は「男女平等」だが、裏は「公認慰安所にかわる代替選択肢の提供」だ。
 米国大統領諮問機関「女性の軍務委員会」による、湾岸戦争に参戦した男女混成部隊4442人を対象とした調査では、64%が前線で異性兵士と性関係があったと答えた。ある駆逐艦では女性兵士の5%が妊娠した。同時期に米軍関係の病院で中絶が事実上解禁された。この間の事情は秦郁彦氏『慰安婦と戦場の性』(新潮社、1999年)が詳しい。
 2015年5月、橋下大阪市長が《当時従軍慰安婦は必要だった》と発言、米軍将校に《米軍に風俗の活用を勧めた》ことを紹介し、世論が沸騰した。当時必要云々は間違いでないが、米軍将校に語るにしては米国の慰安所行政の歴史に無知すぎる。一般には許容可能な無知だが、沖縄米軍将校を相手にする政治家なら沖縄米軍の戦後史を踏まえる責務がある。
 2000年6月1日付ニューヨークタイムスの記事によれば、米軍の沖縄駐留後に米兵が強姦した女性の数は一万人。1945年の駐留当初から沖縄女性が強姦されて死者が出る事態に、沖縄民政府(1952年から琉球政府)が米軍に慰安所開設を要求したが、拒絶された。米国のピューリタン的伝統ゆえに慰安所の公設と管理に税金を使えないからだ。
 米国は、19世末のフィリピン植民地化以降、沖縄駐留を経てベトナム戦争に至るまで、同じやり方を続けてきた。基地周辺に現地民間業者の売春宿を終結させ、将校が現地行政や宿経営者と内通し、非公式に条件や要求を伝達する。だが性病管理は予算と手間がかかるので民間業者はスルーしがちで、性病が蔓延する。
 沖縄米軍も同じ図式を採用した。将校が行政や経営者と内通し、女性サービス付の特殊飲食店(特飲店)、通称「Aサインバー」を設置させた。かかる店が集結したのが特飲街。まず古座の八重島に出来、やがてBCストリート(現パークアベニュー)に移り、那覇市内の各所にも特飲街ができた。だが米軍は行政コストを負担しない。
 ⑴米軍は、特飲店での性交は自由恋愛だとの建前で公認売春批判を回避する一方、⑵民政府(琉球政府)が保健婦に特飲街を回らせ、業者や女性を相手に性病対策を啓蒙、スキン配布もした。ベトナムでも同じだったが、事実上の公認慰安所に関わる道徳的・行政的な責任と経費は沖縄が担った。「だから」米軍将校に言ってもダメなのだ。
 だが、問題は橋下市長の瑕疵より、米軍によるフリーライディングの反倫理性だ。「慰安所を公設してないから性奴隷化に加担していない」は詭弁。抑鬱状態に置かれて性的に暴走する兵士への道徳的説教が無効な以上、公設慰安所か公認慰安所(私設慰安所公的介入)の設置がむしろ倫理的だ(ヒルシュフェルト)。それが通らなくなったから混成軍化した。
 時代が変われば規準も変わる。問題は当時の規準に照らして妥当だったか。その点、繰り返すと、軍の関与不徹底こそが問題だ。右からの「軍は手を下していないから悪くない」との擁護と同様、左からの「慰安所設置自体が奴隷化だ」という批判も愚劣。沖縄米軍の「慰安所を公設していないから性奴隷化は存在しない」の言い草の愚劣さと同列だ。
 最後に93年談話の評価を確認する。前段の「⑴軍の要請で慰安所設置、⑵軍の直接・間接の関与による慰安婦の管理・移送」との事実認識は公文書で裏付けられ妥当だが、後段、《甘言・強圧》がなぜ生じたのか説明がなく、何を謝っているのか不明。軍関与の謝罪か、軍関与不徹底の謝罪か。何となく謝るのでは、「やっぱ謝らない!」の中二病に道を開く。

【見たいものしか見えない〈感情の劣化〉がマスコミを覆う】
 冒頭、メディアの劣化と〈感情の劣化〉が連動していると述べた。私は知り合いの新聞記者を何人かつかまえ、ここに述べた認識を語り、右からの政府擁護も、左からの政府批判も、愚劣極まりないことを述べた上、なぜ「軍の関与不徹底こそが問題」という国際標準の枠組(米国は特殊!)に乗れないのか質した。社を問わず答えは同じだった。
 いわく、インターネットを調べれば国際標準の枠組に関わる記述が多数見付かるものの、認知的整合性理論が説明する通り、社論が与える予断に事実的・価値的に整合しないものが頭に入らない、と。つまり「見たいものしか見えず、見たくないものが見えないのだ」と。そう。これはヘイトスピーチの周辺に見られる〈感情の劣化〉と同じだ。
 マスコミ各社がヘイトスピーチを上から目線で批判する資格はない。右も左も、上も下も、「見たいものしか見えず、見たくないものが見えない」のは同じだからだ。その結果、社会に一定の帰結を呼び込むことより、実存上の感情浄化を達成することが優先される。従軍慰安婦問題はその事実を突きつける。それで良いのか。