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04 Mar 2014 20:58

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肺移植回避例

再生気管 慢性閉塞性肺疾患 肺高血圧症 閉塞性細気管支炎 特発性間質性肺炎

 

再生気管

*小島 宏司(Laboratory for Tissue Engineering and Regenerative Medicine,Harvard Medical school,Brigham and Women's Hospital):米国での新規再生医療技術のヒト臨床応用 組織工学的手法を用いた再生気管の臨床への第一歩、医薬ジャーナル、47(10)、2515−2519、2011

 筆者は米国において10年以上、自己細胞を用いた再生気管の研究を進めてきた。しかし未だ確かな治療効果と安全性を担保し得る再生気管を完成させるまでには至っていない。通常通り基礎研究を進めていた2009年10月某日、14歳の少女が、家族とともに我々を訪ねてきた。少女は切除不能の気管腫瘍 を患っており、全米トップ5の小児病院のすべてを受診した結果、余命半年と宣告されたという。 気道食道瘻の根治と腫瘍の完全切除には、気管分岐部を含む2〜3cmの気管・気管支切除および食道部分切除が必要で、切除範囲が広範囲に及ぶため、患者自身の気管・気管支吻合による気道再建は不可能と判断され、結局、気道内ステント留置の選択肢しかなかった。その後、咳嗽のみならず縦隔洞炎も併発するようになり、致死的病態への進行の可能性が強く示唆されるようになった。そ こで主治医と家族は、我々のヒツジでの再生気管の研究報告を知り、2009年9月26日に我々の研究室に連絡をとってきた。
 我々は14歳の少女とその家族に、これまでの自己細胞による再生気管の動物実験においての研究成果と、本技術をヒトに適応した際に起こり得る合併症について詳細に説明した。その結果、本人と家族は、我々が作成する再生気管による手術治療を強く望み、我々も本人の手術希望を受諾した。FDA(U.S.Food and Drug Administration)に申請し、口頭では2日で準備に進めることができ、書類審査でも約1ヵ月で初めての組織工学的手法による再生気管の使用が許可された。

 組織採取は2009年11月18日、全身麻酔下において、患者の左第6肋軟骨1.5cm長を採取した。培養に使用する自己血清を得るための採血も行ない、8週間にわたり培養した。2010年1月14日に培養した軟骨細胞をPGA(polyglycolic acid)に撒き、PGA-Cell複合体シートとして5日間培養した。1月19日の午前11時にPGA-Cell複合体シートをあらかじめ、患者のサイズに測定して作成されたY字型のシリコンステントにラップし、吸収糸で固定した。同日午後1時に全身麻酔下、腹腔鏡にて患者の腹腔内の大網で被覆して手術を終了した。
 2010年3月18日、最終的な根治術のため全身麻酔下、まずは開腹にて胃管作成後、胃から外した大網に被覆され自己細胞が増殖している再生気管を確認した。 患者の腹腔内から摘出した自己細胞からの再生気管は、一部に線維芽組織様の組織が観察され、完全に満足するものではなかった。しかし動物実験ではあるが、筆者のこれまでの経験から、再生気管一体生体気管吻合部をステントにより保護することで再生気管の生着は100%維持し得ると判断できた。

 食道部分切除後再建を終了し、開胸にて気管病巣部も完全に摘出しえた。最終的には術前の予想よりも、患者自身の残存期間の進展もよく、気管と左右の気管支端吻合による分岐部形成、再建術が可能であった。
 結局、腹腔内で作成された再生気管を使用する必要はなかったが、我々の研究がなければ、手術自体が施行されなかったことを考えると、感無量であった。実験室から生み出される新たな治療法の提案が、患者に生きる選択肢を与える可能性があることを今後の研究の糧として更なる進展を目指したいと考えている。少女の術後経過は非常に順調で、約1ヵ月後に無事退院し、現在は普通の学生生活を送っている。

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慢性閉塞性肺疾患

高山 哲郎(東北大学医学部附属病院 移植・再建・内視鏡外科):【COPD 診療の実際とこれからの治療】 COPDの外科的治療、綜合臨床、55(10)、2475−2480、2006

 肺容量減少手術(Lung Volume Reduction Surgery;以下LVRS)は、高度に気腫化した肺を部分的に切除することにより、呼吸機能や呼吸困難感を改善することを目的としている。当科においても1993年5月より98例に対してLVRSを施行し、効果は少なくとも術後3年、症例によっては5年以上維持できると考えられた。
 慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する外科治療として、国内版ガイドラインにはLVRSと肺移植とブラ切除術の記載がなされているが、いずれも消極的な評価に留まっている。LVRSは、内科的治療が限界となった患者にとって大きな福音であることに変わりはない。近い将来に肺移植が爆発的に普及するとは考えがたく、移植までのbridge surgeryという観点からも、手術適応を厳選することで今後もLVRSの恩恵を受けられる患者は必ず存在すると推察される。

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肺高血圧症

*松原 広己(国立病院機構岡山医療センター循環器科):ボセンタンの追加投与により、エポプロステノール長期投与患者のQOLが改善した例、Pharma Medica、23(10)、131−133、2005

 当センターでは多くの肺高血圧症患者にエポプロステノールの長期投与を続けており、症状が悪化するにつれてエポプロステノールを増量し、安定した状態を維持してきた。将来的には肺移植も考慮せざるを得ない人たちも多いが、その患者達にボタンセンの追加投与を行ったところ、エポプロステノールをほぼ全例で減量でき、特有の副作用も軽減できたので、その著効例を報告する。
 33歳女性、小児喘息の既往、出産後に労作時息切れが出現し徐々に悪化、某大学病院を受診し原発性肺高血圧症と診断され、当初ベラプロストを投与されたが改善せず、当時はエポプロステノールも使用できず、肺移植を受けなければ死に至るという説明を受け、肺移植登録を希望して来院した。自宅で移植待機に入ったが症状は悪化し、酸素吸入を行いベラプロストを服用しても100mも歩くことができなくなった。
 1年後にエポプロステノールが発売され、導入後はかなり症状が改善されたが、当初は在宅使用が認められていなかったため約1年の入院生活を余儀なくされた。その後、在宅使用が可能となったエポプロステノールを継続したが、注入用のヒックマンカテーテルから感染症を発症して肺塞栓症から肺梗塞を起し一時は致死的状態に陥った。肺移植待機から7年・エポプロステノロール投与開始から6年後にボセンタン投与が可能になり導入した結果、症状を悪化させることなくエポプロステノール投与量を189ng/kg/分から140ng/kg/分に減量することができ、副作用も軽減することができた。

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閉塞性細気管支炎

*菊地 美里(自治医科大学附属大宮医療センター総合診療科):Constrictive Bronchiolitisの1例、日本呼吸器学会雑誌、42(11)、951−955、2004

 第2子出産後の31歳女性は慢性の咳嗽が出現、その後、呼吸困難が進行した。入院時の胸部単純]線では明らかな異常所見を認めなかったが、胸部CTでmosaic perfusion patternを認めた。また肺機能検査上、著明な混合性換気障害を認めた。胸腔鏡下肺生検を行い、Constrictive Bronchiolitisと診断した。
 肺移植を勧めるも本人、家族の同意が得られず、クラリスロマイシンの内服と在宅酸素療法を導入し、入院から81日後に退院。1週間後、呼吸不全の増悪とCOナルコーシスによる意識障害のため再入院し人工呼吸管理。ステロイドパルス療法を計4回施行するも、軽快と増悪を繰り返し徐々に効果を認めなくなったため、ステロイド維持療法を継続しつつ、シクロホスファミド大量療法に変更し計4回施行した。その後は感染症の併発のため追加療法は行えなかった。
 本症例は、約8ヶ月の人工呼吸管理を要し、発症より1年半で死亡に至るという、比較的急速な経過をたどったが、 免疫抑制療法(ステロイドパルス療法とシクロホスファミド大量療法)は一時的な改善をもたらし、延命効果があったと考えられた。特発性のConstrictive Bronchiolitisは稀な疾患であり、肺移植以外有効な治療法がない現状において、免疫抑制療法は病状の進行を遅らせる可能性のある治療と思われた。

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特発性間質性肺炎

*上月 正博(東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻):リハで移植を回避できる、medicina、50(5)、890ー893、2013
*上月 正博(東北大学大学院医学系研究科内部障害学分野):呼吸リハによる肺移植待機肺機能障害者のフィジカルフィットネスの改善、リハビリテーション医学、41(6)、394−395、2003

 20歳代女性は特発性間質性肺炎、労作時の呼吸困難として発症した。郷里の病院に人院したが治療効果なく、急激に呼吸困難が進行し、安静時に息切れを覚えるようになった(Fletcher-Hugh-Jones分類V度)。両親からの生体肺移植を希望し、大学病院に1999年3月に転院した。
 肺機能は努力肺活量(FVC) 0.93L (33.2%)、1秒量(FEV1)0.73L(43.5%)、動脈血ガス所見の平均は安静時室内気条件下でPaO2 69.5mmHg、PaCO2 40.9mmHg と低酸素血症は強くないものの、安静時から息切れが強いため歩行はほとんどできない。排尿もおむつ使用であり、排便時O2 1L/minの酸素吸入下で トイレに行く以外はべッド上の生活であった。生体肺移植の適応を検討する目的でリハビリテーション科紹介となった。O2 1L/min酸素吸入下の整容・更衣動作でも呼扱困難の増悪とSpO2の低下が出現し、なかでも洗顔動作でSpO2が80%未満まで低下した。

 リハ処方を作成し、O2 2L/min 酸素吸入下のパルスオキシメーターでSpO2 や脈拍数をモニターしながら連日訓練を行った。チェックシートへの記録(安静時SpO2、安静時脈拍数、安静時呼吸数、体操や運動後のSpO2、脈拍数、呼吸数、息切れの程度、食事摂取量など)を義務付けた。徐々に息切れが改善し、立位足踏み動作も可能となったため、病室内歩行を行った。
 歩行が比較的安定した4月上旬からは病棟内での車椅子押し監視歩行、自転車エルゴメーター、上肢の筋力訓練も追加し、中旬には酸素ボンベカートを押しての独歩が可能となった。
 6分間歩行テストではO2 1L/min の酸素吸入下で歩行距離が呼吸リハ前28mから呼扱リハ後144m(4月12日)、184m(4月26日)と著明に延長した。SpO2の変化も97→92%から99→94%に改善し、最高の呼吸困難感も修正Borg 指数で7→3に改善した。リハ期間中には肺機能検査では変化を認めなかったが、1日歩数は入院直後の314〜743歩から4,303〜4,895歩まで増加した。

 リハ科専門医、呼吸器科専門医、臓器移植専門家との協議により、運動機能の改善、肺機能の安定化がみられたため緊急の生体肺移植手術は不要と判断され、郷里の病院に転院となった。転院先の病院スタッフからは、「生体肺移植がうまくいって歩けるようになってよかったですね」と誤解されるほどであった。転院時には入浴や洗髪という比較的強度の労作時で呼吸困難感が出現するのみで、それ以外の動作時のSpO2低下も防止できるようになっていた。その後、肺機能が徐々に低下したために最終的には生体肺移植を行ったものの、結局16ヵ月間の長期にわたり肺移植を回避できた。

 


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