■京セラ名誉会長 稲盛和夫さん

 満65歳になった年(1997年)に、京都府八幡市にある臨済宗妙心寺派の円福寺(えんぷくじ)で得度(とくど)しました。師にあたる西片擔雪(にしかたたんせつ)老師から「大和(だいわ)」という僧名をいただきました。

 当時、「なぜ仏門に」と多くの方から尋ねられました。この年は、京セラ、第二電電(DDI)の会長から名誉会長に退いた年でした。私のように創業者であり、経営のトップに長年いた場合は、どうしても「自分がいなければ会社が動かないのではないか」と思いがちです。

 いつまでも会社に執着心があり、身を引く時機を逸し、会社の仕事を一生することが良いことと思っている方を、たくさん見てきました。でも、それは決していいことではない。私が早く身を引くことで、後継者を育てることもできます。

 社員の定年は60歳だったので、経営者も60歳で退くべきだとも考えていました。ただ、ちょうどDDIの仕事が忙しいころでしたから、少しめどがついてから引退しようと思っていました。

■死に備え勉強する

 私の人生は80年ぐらいと、昔に会ったヨガの聖者の言葉から勝手に思っていました。だとしたら、最後の20年は死ぬための準備に必要だろう。それには心を静かにできる環境に身を置いて勉強しないといけない。それが仏門に入ろうとした理由です。

 ちょうど得度する直前の検診で胃がんが見つかりました。胃の3分の2を摘出したんですが、縫合したところが完全に縫えてなくて、食べた重湯が漏れていた。そこがくっつくまで再入院して、おかゆが食べられるようになって、お寺にいきました。

 髪をそり、坊主になって、毎日、朝3時から夜10時まで、座禅とお経と托鉢(たくはつ)の世界です。無我夢中といいますか。何か感じるというより、もう精いっぱいでした。食事は一汁一菜ですが、術後なので、そんなに食べられない。掃除から何から何まで忙しくて余計なことを考える間がなかったです。

 老師からはこう言われていました。「禅宗の坊主は座禅を通じて修行をして、少しでも悟りの境地に近づくように努力する。稲盛さんは在家の方ですから、寺には長くいるのではなく、お寺で勉強されたことを社会に役立て、貢献してください」と。

 修行中、一生忘れられない体験をすることができました。今、82歳になりましたが、あのときほど、幸福というものを実感したことはありません。